一厘 ichirin

手仕事による和雑貨と、ぬくもりのライフスタイル

一厘の思い。受け継ぐもの、伝えつづけたいもの。

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一厘の思い。

 秋田県由利本庄、東由利の里に「積層箸」の工場を訪ねた一厘チーム。

 このチームのメンバーは、東京の十条を拠点とするタツミ産業・家庭用品部のスタッフ。タツミ産業は北海道から大阪まで支社を展開し、自社の物流センターも持つ包装業界の総合商社。

 もともとは食品を包んだ竹経木と漆器の商いからはじまった。時代の変化に合わせて大量生産される樹脂製の包装資材を扱う業務が主となり、本社も近くのビルに移ったが、創業75年の原点である漆器問屋の精神と往年の社屋を受け継いできたのが家庭用品部である。

 全国の伝統工芸産地300余のメーカーとの信頼関係を武器に、百貨店、ギフト市場、そして市場の新たな牽引役として注目される大手量販店とともに、お弁当グッズを中心とする和雑貨の可能性を切り拓いてきた。

 一方で商品をプロデュースするだけでなく、日本各地のものづくりの現場における職人の技やこだわり、そこの歴史や風物といったものを、たいせつな文化として伝え残すことも、ひとつの使命ではないかと思うようになった。

 和雑貨を扱うことは、すなわち日本の伝統文化を伝えること、そんな信念が一厘チームを突き動かしている。

 

とはいっても。

  実際に産地の現場に入ってみると、「これって文化事業かなんかですか?」と面食らう方が多いのも現実である。

 何しに来たの? という顔で見られることも少なくないが、トーホク秋田工場の皆さんは忙しい時間を割いて、親切に積層箸の生産現場を案内してくれた。ほんとうに感謝。

 

 

奥の右が工場長の鍬崎さん。左が副工場長の工藤さん。

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伝統技術の底にある、お弁当の原点とは?

 漆器をはじめとする伝統工芸の産地は、消費者のライフスタイルの変化によってどこも苦戦している。後継者不足によって、古来から引き継がれて来た伝統技術の継承さえ危ぶまれている産地も少なくない。

 伝統技術のもつ手仕事の素晴らしさと、新しい技術による合理性や効率をうまく組み合わせ、消費者が思わず手にとってみたくなるような新たな魅力と引き出し、産業として成り立つような価値を組み上げていく。

 そんな仕事に日々奮闘する家庭用品部。

 部長の国分さんは会津の蒔絵師の出自。自身、若き日には伝統技術を学んでいる。

 国分さんを支えるグループリーダーの奥山さんは、女性ならではの感性を武器に国際語にもなったBENTO(弁当)市場で多くのヒット商品に関わってきた。

 奥山さんは由利本庄にやって来る前の週、二人の若手女性社員とともに、すぐれた伝統技術をもつ産地を訪ねて別府、有田、越前、三重と行脚している。

「仕事で毎日、次はどんなお弁当がお客さんの心に響くんだろう、これなら売れるだろうかとか、そんなことばかり考えてたんですけど、そもそも、お弁当って日本人にとって、なんだったんだろうと・・」

 それを知るためには、ものづくりの現場に行って五感で感じとるしかないと、奥山さんは考えた。そして西日本行脚のなかで、一行は秋田のトーホクさんのことを耳にする。

 つながっている。

 五感で感じたものづくりの琴線を幾重にも撚り合わし、ひとつのアイデアに結実させていく。積層箸の工程のひとつひとつに、奥山さんは目を凝らし、耳を傾けていた。

 

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どこにもないものを作りたい。

積層箸にかける工場長・鍬崎さんの思いを訊ねると、そんな答えが返ってきた。

積層箸というオンリーワンの座にいながら、積層箸のさらなる可能性はないかと挑戦をつづけている。

極細箸はそのひとつだろう。

ヒット作である極太の「大黒柱」シリーズとは真逆の路線。高い強度を誇る積層箸だからこそできることに注目し、他の材料では難しい細身の箸の開発に成功。ちょっと持たせてもらったが、細すぎて持ちにくいんじゃないかなと正直思った。

「使っているうちにすぐ慣れます。慣れたら、もうふつうの箸が持ちにくいぐらいに思ってもらえるはずですよ」

 そのとおりならば、確かに極細箸のインパクトはすごい。軽量だし、繊細で洗練されたこの雰囲気は他を寄せつけないものがある。

 

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 工場の設備をくまなく見せてもらった奥山さんは、箸ではないところに着目していた。これには工場長も副工場長の工藤さんもちょっと驚き顔。

 お弁当アイテムの仕掛け人は、九州から秋田へと五感で得たもので、次はどんなことを考えているのだろう。

 

 

(写真・文:市原千尋)

 

 

 

おまけ1★鳥海山に埋もれた神代杉で作ったお箸

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 今回のトーホクさん取材で、積層箸ではないのですが、個人的にどうしても気になったお箸をひとつ。

 トーホクさんが位置する由利本庄は、日本海の霊峰・鳥海山の北麓にあたります。この鳥海山が大昔に噴火した際、火山灰に埋もれ炭化した杉の木が大量に眠っているといいます。長い年月を経たのちに掘り出した材を使って作られたのが「鳥海山 神代杉御箸」。

 木という生き物でありながら、カーボン繊維を思わせる無機質でクールな木目。長い歳月を思わせる手触りと重厚感。

 これはもはや化石!

 でも、軽いんです。もう、ずっと目が釘付けでした。

 

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おまけ2★材木の単位

一石という単位を使うそうです。お米と同じですが、中味は違います。

木材の場合、1尺×1尺(30cm四方)の断面で長さが12尺(3.6m)。これが一石なんですね。今でも一石売りをしているそうです。

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積層箸の製造工程

トーホクさんの生産能力は一日に1万5千膳。

工場での機械を使った大量生産とはいえ、その工程の多くには人の手が入る。地元のおばさんたちも、がんばっている。

 

切り出し 

積層材をカット。実演していただいたのは副工場長の工藤さん。

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ブロック状の材料を、箸の厚みにカット。

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今度は一本ずつの大きさにカット。先に向かって細くなる箸の形状に合わせて、無駄がないように材料の端の端まで使う。

しゅっしゅっしゅっと、小気味よいテンポで箸状になった棒が弾き出された。

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材料が残り少なくなると、丸鋸の鋭い刃先が指のすぐ近くまで迫る。見ていてハラハラ。

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自動すり機にかけて、角張った角を落とす。

断面が真四角だった棒の角がとれ、箸らしいやさしさが見えてきた。

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さらに頭の部分、箸先の部分の角を落としていく。これは手作業。

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加飾

箸にデザイン的な装飾を施す工程。

ベルト状のグラインダーで、ひとつひとつのくぼみやひねりを削りだしていく。ここは完全な手作業。

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加工前(左)と加工後(右)

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磨く

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ガラ袋に数百本の箸と研磨剤を入れ、水をかけながら一昼夜、ひたすら回転させる。「水洗い」という工程だが、そんななまやさしいものではない。

24時間ものあいだ、箸はガラ袋の中で押し合いへし合いで揉みくちゃ。こんなに厳しく鍛えられている箸だから、食洗機などへっちゃらなわけだ。

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水を吸った箸を乾燥。(写真は通常の木材箸)

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複雑なデザインの積層箸については、機械による「水洗い」だけでは微妙なくぼみまで磨きあげることができない。こういった箸は微妙な凹凸に合わせての手作業でのバフ掛けをする。

「羽布」と書いて「バフ」。フェルト製のグラインダーを回転させ、膝で押し付けながら箸の曲面をなぞる。力加減、角度、すべてが職人の経験と感覚だよりの手作業、いや足作業である。

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磨き上げられた積層箸は、透明のウレタン塗装が施され、また乾燥。こうして検品、袋詰めされた上で、やっと完成となる。(写真は通常の木材箸)

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積層材の箸とは?

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積層材、集成材、合板のちがい

 積層材は複数の木片を接着剤で貼り合わせて作った木材である。

 元となる材料が一片数センチの木片だと「集成材」、数ミリの薄い板状だと「積層材」や「合板」になる。

 積層材と合板の違いは、貼り合わせる板の繊維方向。交互に繊維方向を直交させたものが合板で、同一方向で貼り合わせたのが積層材。

 合板は面としての強度にすぐれ「板」として使われるのに対して、積層材は柱状にしたとき強さを発揮する。だから棒としての強度が求められるお箸にはうってつけの材料なのだ。そこに目をつけたのが株式会社トーホクだった。

 トーホクは意外なことに、もとは東京の箸メーカーで、業界に大きな存在感を打ち立てたのは木製箸ではなくメラミン樹脂の箸の成功による。後に創業者の故郷である秋田に工場を設けた。そして建築用の高級資材だったマカンバの積層材を使った箸の開発に成功する。

 この積層材で作った箸は、これまで至高の材料として珍重された世界三大銘木の紫檀(シタン)、黒檀(コクタン)、鉄刀木(タガヤサン)のいずれよりも高い強度と耐久性を打ち出したのである。

 通常、木箸は使っているうちに箸先がけばだって白くなってくるものだが、積層箸なら大丈夫と同社の工場長である鍬崎さんは胸を張る。

 

 

積層材で作られた積層箸

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自由な色、デザインも積層箸の強み

 積層材の製造過程で塗料を混ぜこむことができることから、積層箸は材料自体に自由な色を施すことができる。

「いろいろな色を試してみましたが、墨味、黄肌、朱面の三色に落ち着きました」と、鍬崎さん。

 使っていても箸先の色が落ちないのは、塗り箸のように表面だけを塗っているわけでなく、材料自体に色がついているからでもある。

 三銘木に勝る完璧な材料と、盤石の三色。最後にトーホクがこだわるのはデザインだ。

 単に奇抜なだけでは道具として失格。使いやすさを追求してのデザインでなければならない。太い箸から極細箸、ひねりや凹凸、すべり止め・・さまざまなデザインの箸を開発できるのも、積層材という良質の材料があってこそ。

 木箸の味わいを持ちながら食洗機にも対応する耐久性の両立が評価され、太めで力強さを打ち出した「大黒柱」シリーズが市場で大ヒットしただけでなく、学校給食をはじめとした業務用途でも高い実績を誇っている。

 

ひねりを施した積層箸 

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入荷した状態の積層材。関東のメーカーから取り寄せているという。

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トーホク秋田工場

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紅葉の由利本庄に、積層材の箸メーカーを訪ねて。

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 由利本庄は秋田県南部、日本海側に位置し、南北に酒田街道、東に本庄街道・矢島街道が貫き、古来から交通の要衝であった。平成の市町村大合併で生まれた由利本荘市の面積は、神奈川県の半分に相当し、秋田県下でも最大。

 石沢川に沿って走る本庄街道をさかのぼること25km、市東部の東由利に至る。田園にかかった朝靄を晩秋の陽光が払いはじめると、墨絵のようだった里山に錦がさした。

 大堤という溜池のわきを過ぎて少し山側に入ったところに、「積層材」を使った素晴らしい箸を開発・生産する株式会社トーホクさんの工場があった。

 

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石沢川と本庄街道(国道107号)

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近隣の田畑に農業用水を供給する大堤は今年の役目を終え、冬にむけて静かに紅葉を映し出していた。

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株式会社トーホクさんの工場

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図書館製本の真骨頂

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16世紀のヨーロッパの書物をエルビーエスで復刻した本。デザイン性の高さに目を奪われる。

 

 

補修も仕事。

 

前段では図書館製本のうち「造本工程」を論文製本の例を用いて見てきた。

一方、長い年月を経て傷んだ完成本を補修したりリメイクする作業も図書館製本の重要な役割である。

本の表紙や背をていねいに分解し、複数の折り帳の状態にまで戻す「こわし」という作業。

折り帳についた癖をとる「ならし」という作業。

この段階で破れたページも丁寧に補修する。刃物でスパッと切ってしまったようなページの補修は難しいが、裂けたり、破れたページであれば、特殊な糊を使い、職人の手作業で破れていたことが分からないぐらいまでに補修することができるという。

化粧断ちをすることで、古びたページも美しく蘇る。場合によってはページの組み替え、間引きなど、顧客の要望によって行うこともある。

 

 

図書館製本の新たな可能性。

 

 誰にでも大切な本はある。

 それは、もしかしたら母から譲られたぼろぼろの小さな料理冊子かもしれないし、古い家電製品の説明書かもしれない。他人にとっては価値がなくても、その人だけに深い意味を持つ本というものがある。

 そんな本を美しく耐久性の高いものに製本し直すというサービスがあったらどうだろう。戦前・戦後の書籍に幅広く使われた酸性紙は経年劣化が進みやすく、今ではぼろぼろになっているものも多い。完全に崩れてしまう前に腐食しにくい中性紙にコピーをとり、それを持ち主の好みの体裁で製本する。

 高性能なコピー機を使うので、縮刷版にしたり、逆に大型本に仕立て直すといった可能性もあるだろう。表紙も重厚な厚紙や皮革で重厚な装飾を施すのもいいし、逆に薄手で耐水性のあるコーティング用紙で気楽に使えるようにすれば、母から譲られた料理本も蘇るし、同じものを数冊作っておけば、娘、孫たちに配ることもできる。

 そんな図書館製本師の技術を生かした新たな可能性・・ちょっとおもしろくありませんか?

 

 

本の名を持つ、まさに本の職人。

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 エルビーエスの本間さんは、経営を息子さんと共同事業者に任せ、自らは会長として製本職人の技を守っている。

 製本の世界でも効率重視、グローバル化の波は例外ではない。本間さんにとって製本とは、この先、その本が過ごすであろう何十年、何百年という時間を意識する作業だともいう。すべての工程がほぼ手作業なだけに、職人の力量や、本に対する愛情が、その本の寿命を左右する。しかし手間をかけた仕事をしても、そのことを実感してもらえるのは、はるか未来のこと。

「効率、効率っていってね。安さだけが求められるんですよね」

 手をかけて製本し納品した本。これまでは「備品」として扱われていたのに今は「消耗品」に区分けされるようになった。力抜けますよ、と少しさびしそうな本間さん。

 今まででいちばん印象に残った仕事は? と訊ねると、一冊の本を持ってきてくれた。西暦1600年ごろの原書をコピーして復刻したものだという。このときは、商売道具を持って博物館に出張し、原書の修理も行なったそうだ。そのとき触れた皮革の表紙は、400年前の職人の息づかいの感じられる素晴らしい仕事だったという。何百年もの歳月にも耐えてきた。もちろん手入れは必要だ。皮は生きている。昔はちゃんと卵の白身を薄く塗って栄養を与えていたとか。

 ふたたび熱を帯びはじめた本間さんの話を聞いていると、そこにある本が、ほんとうに生き物のように見えてきた。

(おわり)

 

>株式会社エルビーエス・オフィシャルサイト

 

 

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