一厘 ichirin

手仕事による和雑貨と、ぬくもりのライフスタイル

山中の木地職人をたずねる〜中出博道さん

f:id:tatsumi10:20140522153329j:plain

 

作り手の個性ではない。挽き出すのは、木の個性。

 木地師は大きく分けて3つに分類される。

 薄く削いだ板を巧みに曲げて加工する曲物師(まげものし)、釘を使わずに木材の加工と組み方によって箱物をつくる指物師(さしものし)。3つめが、椀といった丸物木地を回転轆轤(ろくろ)で削り出すのが挽物木地師(ひきものきじし)で、山中の職人はこの分野で国内最高峰の技術を有する。特に「薄挽き」や「千筋」といった加飾挽き、つまり刃先の繊細な動きで実現する装飾的な削り方において独自の進化を遂げてきた。

 産地問屋の竹中社長に案内されて伺った渓谷沿いの工房で会ったのは中出博道さん。若手を育てるプロジェクトの指導的立場にいる現役の職人さんである。

「50代後半だったら、まだ若手ですよ。8割が65以上ですからね」

 漆器産業で全国でももっとも成功している山中でも、伝統的な技術の担い手は確実に高齢化が進んでいる。若手の育成はここでも大きな課題。職人としての忙しい仕事のあいまに、中出さんが技術継承に力を入れるのも危機感あってのことだ。

「でもね、みんなちょっと覚えるとすぐ作家になれると思ってるのか、地道な現場仕事をやりたがらないですね」

 せっかく育てても、なかなか地元に残ってくれないのだと、中出さんは笑った。

 世界でふたつとないオリジナリティーを追求するのが作家ならば、同じものを何百、何千と作る、いや、作れるのが職人。中出さんも作品として出品するものを挽くことはあるし、椀の裏に署名を入れることもある。しかし大半は無記名の椀を挽く。これらの椀の多くは絵付けなど華美な装飾が行われず、木目を生かす「拭き漆」という技法で素朴な風合いに仕上げられる。ガラスケースの中でなく、手にする人々の暮らしのなかで静かに輝く無名の椀たちだが、同じ顔をしているように見えて、縦木取りされた山中独自の美しい木目文様が織りなす表情はひとつひとつ違う。

 木の個性を引き出すことができれば、それが作り手の個性・・ちょっと言葉は違うが、当たり前に思えることを、当たり前のようにやる。それが職人なんだと中出さんは言っていたのかもしれない。

 

f:id:tatsumi10:20140522152737j:plain

 

 

川沿いの工房。

 山中の木地職人はいろいろな木の素材の中でもケヤキが好きだという。適度な硬さとしなやかさ、歪みに対する強さ、そして木目の美しさ。

「これが、いちばん山中らしいんじゃないですかね」

 渓流の音が聞こえそうな川沿いの路辻に建つ工房は二階建て。

 路地に面して小さな窓があり、轆轤を挽く中出さんの上半身が見える。窓から顔を出すと、ちょっと見にはトラックの運転手がバックをするために後ろを確認したような感じである。ここに器を挽く轆轤(ろくろ)が置かれている。

「足で(轆轤が回転する)スピードを調整するんですよ。ほら」

 そう言って足踏み式のペダルを操作し、力走と惰性を微妙に組み合わせて回転数を調整して見せてくれる。「クラッチみたいな感じ」という仕組みは、中出さんが工夫しながら改造してきた。どうりでトラック運転手に見えるわけである。

 

f:id:tatsumi10:20140522150314j:plain

f:id:tatsumi10:20140522150007j:plain

 

中出さんの道具。

「もちろん自分で作りますよ。一本一本、微妙に刃先とか違います。親父も職人でしたけど、親父の刃ともぜんぜん違いましたね」

f:id:tatsumi10:20140522145837j:plain

f:id:tatsumi10:20140522150341j:plain

 

 

 手が加減する。

使い込まれたカンナ台。轆轤の回転軸に対して横から削るため、腕をこの台に固定して微妙な手の動きをつくりだす。

足の操作による轆轤の回転スピードと、刃から伝わる木の感触。

「これはなんと言ったらいいのかな。手が勝手に手加減するっていうんですかね。理屈じゃなくて」

 薄挽きや、千筋といった繊細な技法を生み出す手は、コンマ数ミリを感じとるセンサーであり、それ自体が脳でもある。

 

f:id:tatsumi10:20140522153358j:plain

f:id:tatsumi10:20140522152717j:plain

 

二階は材料を乾燥させる乾燥室になっていた。屋根裏部屋のような雰囲気で、どこか隠れ家のようでもある。しかし乾燥させるための部屋だけに室温が高く、立っているだけで汗がにじんできた。写真は一階に設置されたストーブ。熱気を二階に送り込む。

f:id:tatsumi10:20140522150943j:plain

 

 

動きますよ。

「木は)動きますよ。見ているあいだに、みるみる動くことだってあります」

  木は生きている。乾燥に応じて変形もする。挽く側としては木にはなるべく動いてほしくはない。そのため、「木を落ち着かせる」ための乾燥の工程が重要になる。

 材料を乾燥させていると、ぴーん、ぴーん、と音がするそうだ。乾燥に応じて木が変形し、運が悪いとヒビが入る。ぴしゃーん、という音がするほどだと、もう材料として使えない。

 轆轤を挽きながら、ぴしゃーん、という音が二階から聞こえると、ああ、割れたな、とがっくりくるそうだ。

 

f:id:tatsumi10:20140522150535j:plain

f:id:tatsumi10:20140522151228j:plain

 

 

 ボンポラ風。

 「なんというか、へーんな南風の日ってあるじゃないですか」と中出さん。

 渓谷筋にできた盆地にある山中には、三方を山に囲まれ川沿いに南に開けた特殊な地形が生み出す独特の気候がある。「ボンポラ風」と呼ばれる南風は木地職人の天敵。ボンポラ風が吹く日は木が割れやすいのだという。

「そんな日はまず、あいくち、持たんですよ。まあ、持ったとしても、薄物は避けますね」

 今回の取材の案内人となっていただいた産地問屋の竹中社長が、あとで、おもしろいことをおしえてくれた。山名には東西南北の字に「出」の字を組み合わせた苗字がぜんぶあるという。「東出」「北出」といったふうに。それは東から出てきた、という意味なのか、東に出て行くという意味なのか、そこから先は研究中、と竹中社長は笑った。

 その話と木地職人の中出博道さんの苗字がつながったのは、翌日、山中を発ったあとの車中だった。雨に濡れ小さくなっていく山なみを見ながら、「中」に「出」る中出さんは、どこに出るのだろう。そういえば聞き忘れた質問があった。

 ボンポラ風が吹く日には、やっぱり温泉ですか?