図書館製本の工程
複数の本をまとめて締めるときに使う「金輪(かなわ)」。角板(つのいた)とセットで使う。
綴じる。
かがり綴じ(糸綴じ)は、8ページ程度にまとめた折丁(おりちょう)を一折りずつ糸で綴じ合わせ背固めする図書館製本の王道ともいえる製法。くり返される見開きにも強く、開いた姿も美しいが、手間と時間がかかる。
エルビーエスでは代替製法として、特許も取得した特殊な糊を使った製法で効率的に製本。背になる部分に1cm間隔で目挽きされた幾筋もの溝に、専用調合された糊が浸透し、糸綴じにも負けない性能を実現した。
化粧断ち。
背固め。
手機械(締め機)は「背固め」の必需品。
一冊の本は12時間のあいだ締め機で固定される。これが造本作業。
手機械で締め付ける際にはさみ込む板は、輪切りのケヤキがよい。
本をはさんで締め込む。
山出し。
山出しは、背に丸みをつける工程。
山出しに使う金槌は製本専用の特殊なもの。彫られた溝がページに食い込み横滑りを防ぐ。
山出しによって現れた美しい扇形のまるみ。すべてが手作業。職人の力量がはっきり出るという。
背に糊をつけ、寒冷紗(かんれいしゃ)を貼る「背貼り」の工程。これを手機械で締め一晩置く。本を開くと力がかかる部分であるだけに、エルビーエスでは独自配合の接着剤を業者に特注している。
再び手機械に。
花布と背表紙をつける。
背の天地に花布(はなぎれ)貼り付ける工程。
花布は補強の役割を持ち、装飾上のアクセントにもなっている。
花布の上にさらに背を守る丈夫な紙を貼る。
この場合、一冊の本のために、この手機械は12時間以上も占有されていることになる。
複数の本を同時に締めるときは下の写真のようにまとめて手機械に。
もっと本が多いときは、手機械ではなく金輪と角板ではさむ。
本の急所となる表紙紙と本体の接着部には、力糊(ちからのり)を使う。使う人のことを考えれば、弱いところは、あらかじめ手をかけておく。効率では計れない愛情がそこにある。
こうして、ほとんどの工程が人の手と力によって一冊の本ができあがる。
東工大のお膝元で。現代の製本師(東京都大田)
技術系・最高学府のある町で。
東急線大岡山駅を出ると、奇妙な造形の建築物が目に飛び込んでくる。門は開かれ、学生たちがのびやかに歩く明るいキャンパス。ここが技術・理工系の最高学府として日本のマサチューセッツ工科大学にも例えられる東京工業大学である。
ちょっと裏手に目をやると、どこか懐かしい佇まいの喫茶店やファミリーレストラン、居酒屋が並んでいる。その奥には住宅地がどこまでもつづく。路地奥の住宅地の一角に、製本業を営むエルビーエスのビルがあった。
東工大からは、年間1万5千冊から2万冊の学術図書が製本に出される。この会社では、そういった製本需要を事業の柱のひとつにしている。同社には学内で執筆された論文だけでなく、学術論文誌や情報誌なども持ち込まれ、合本という形で製本されたり、縮刷版としてまとめることもある。これらはすべて大学側で規定されたスタイルで製本され、書庫に収められる。エルビーエスでは、東工大の他に150校もの取引先の製本を請け負っている。
出版社と印刷工場によって大量生産される雑誌や書籍。これらを生み出す機械化された製本を出版製本と呼ぶのに対し、エルビーエスのように手作業でひとつひとつの本を作っていくことを「図書館製本」という。
先述の論文、学術誌の他、図書館の蔵書や文化的価値の高い古文書など、長期保存を目的とした堅牢な製本法である。広義には製本だけでなく、修復も含まれる。
最近でこそ図書館でも出版製本された本をラミネートしただけの蔵書も多く見られるが、世界文学全集の棚に行けば、図書館製本によって同一の体裁で揃えられた重厚な背表紙の列を見ることができるだろう。
特許を取得した画期的な「綴じ製法」
綴じ製法「ケミカルソーイングシステム」
(特許No.1644552)
独自に開発した綴じ製法で、背全体を一枚の紙として一体化させる製本方法。 このシステムにより、他のあらゆる綴じ製法のデメリットを解消し、非常に丈夫でありながらしなやかな仕上がりを実現。さらに、綴じの工程時間が従来の製法の3分の1以下に短縮され、納期短縮と価格の引き下げを可能にした。
(株式会社エルビーエス・ホームページより抜粋)
電子箔押しシステム「ピモジカ」
(英・独・仏・特許No.0749830)
それまで手作業に依存していた箔押しを、コンピューターによる自動箔押しシステムとして開発。このシステムにより国内外のあらゆる文字の、書体・レイアウトが自在に作成できるようになった。
(株式会社エルビーエス・ホームページより抜粋)
貴族社会の製本師と、現代の製本師
屋敷住み込みの製本師。
かつてフランス・イギリスを中心に欧州には製本師と呼ばれる人たちがいた。
製本師が仕えたのはおもに貴族階級。屋敷に住みこみ、その職は子、孫へと代々、引き継がれる。
現代では製本という仕事は馴染みが薄い。本はどこでも手に入る時代だが、その本がどこでどのように作られているかなんてことを、いちいち考える人はいないだろう。なぜ製本が当時の貴族生活になくてはならないものだったのか。
じつは本というもの自体、もとは表紙も装丁もない仮綴じの状態で売られていた。仮綴じの本を手に入れ、自分の好みの表紙で製本する。実際には、屋敷つきの製本師の手仕事で、一族特有の装丁や家紋が施された。本は書庫に大切に保管され、傷んだものや壊れたものは製本師がチェック、修復し、日常的にメンテナンスされていた。これらの本が何代にも渡って引き継がれ、蓄積された蔵書(ライブラリー)は、まさに一族の品格を位置づける財産だったわけである。
現代の製本師。図書館製本。
かわって現代。本と呼ばれるもののほとんどの製本は出版社を頂点とした産業構造の中で行われている。これら「出版製本」に対して、ほんのごく一部に、職人の手による昔ながらの製本もなされている。これが「図書館製本」である。
図書館製本の活躍の場は、字の通り図書館をはじめ、古文書などの希少品を扱う世界、論文を製本化する需要がある大学等の研究機関、また愛蔵家による自家製本という需要も近年は増えてきている。
ただ公共事業において価格至上主義的な入札制度が広がるなか、製本業者も無関係ではいられない。長期保存を目的とした図書館製本が活躍する場は、図書館、研究機関、学校、博物館など、その多くは公共施設である。厳しい入札プロセスの導入で、多くの製本業者が割に合わない仕事が増えたと感じている。製本は安ければいいというものではない。知の資産である蔵書が、安い額で無理をした粗悪な製本でよいのか、という思いは図書館製本に携わる者たちの共通の思いである。
写真:図書館製本によって作られた本
分業との決別。親子二代の挑戦(越前・土直漆器)後編
(写真:越前漆器の里・河和田の町なみ)
【・・前編からつづく・・>前編はこちら】
業務用漆器で国内80パーセントのシェアをもつ越前漆器の産地、福井県鯖江市河和田。
業務用に求められる耐久性とコストパフォーマンスを兼ね備えつつ、樹脂やウレタンの合成漆器ではなく、あくまで木と漆の伝統漆器で勝負を賭けるのは、土直漆器の若き二代目、土田直東さんである。
若き二代目の挑戦
土田直東さん(土直漆器・代表取締役社長 )※写真は公式サイトから
土直漆器の創業者・土田直さんの長男である直東さんは高校卒業後に上京。専修大経営学部で情報管理学を修め、渋谷に拠点を置く音楽業界大手でバイヤーとして、伝統産業とはまったく別の道を歩んでいる。文化・流行の最前線にどっぷり浸かるという異色の経歴を土産に地元、河和田にもどったのは27歳のときだった。
とはいってもそこは伝統技術の河和田。誰であろうと知ったもんかである。他の見習いと同じく二年間の「下地づくり」を経て、「中塗り」を一年、塗りの最終工程である「上塗り」に行きつくまでには地元に帰ってから四年以上の月日が流れていた。
職人としてやっと一人前になったとはいえ、下地二年、中塗り一年、上塗り一生の世界。上塗りを担当しながら寝る時間を削り、あるいは歩きながら、伝統漆器と会社の将来について考えつづけた。
社業を引き継いだとはいえ、自身が主力の職人でもあり、経営や新しいビジネスに専念できるだけの時間もなかなかとれない。それでも、ここ数年で若いスタッフも増え、作業を少しずつ任せられるようなってきた。
いま、土田さんがこつこつ時間を見つけて取り組んでいるのは、受け身ではなく自ら漆器の新しい可能性に光をあて需要を創造することである。もちろんそれは伝統産業の若き担い手なら当然の使命ともいえる。父親から引き継いだ社内一貫生産態勢は、ビジネスを考える上で強力な切り札であることは間違いない。しかし切り札は同時に大きなリスクも伴う両刃の剣でもあった。
伝統技術を、自由な発想で。
1000回以上の食器洗浄機テストや煮沸テストでも変色・艶落ちしない。・・そんな夢のような伝統漆器が土直漆器のオンラインショップを開けば、一般の人でも日常用として買うことができる。
この「堅牢シリーズ」は、文化財や社寺仏閣の補修のために開発された特許製法の純度の高い漆を用いて実現した。業務用だけでなくインターネットで日常用品としても提案する。オンラインショップも親しみやすく洗練された構成だ。
また、現代を象徴するツールであるスマートフォンのカバーという激戦区にも参入。それは市場によく出まわっている漆風やプリントものとは一線を画し、あくまで伝統技法で製作されている。職人が銀で描いた蒔絵を透き漆で包み込み、実用に耐える耐久性と低価格を実現したのも業務用で鍛えられた確かな技術と社内一貫生産方式の結実といっていいだろう。
他にも、越前の新しいシンボルとして打ち立てられた「恐竜」デザインの漆器や、新進気鋭のデザイナーとのコラボ作品など、伝統に縛られない発想で新境地に切り込む。もちろんその目は国内のみならず、かつて「漆器=JAPAN」として瞠目させた海の向こうの「世界」を見据えている。
(土直漆器オンラインショップより抜粋)
学校給食で培われる河和田の誇り。
越前・河和田の学校給食では、食器として本物の伝統漆器が使われている。土直漆器の「堅牢シリーズ」である。
道具は使えば傷む。傷めば捨てる。捨てることを前提にするから、良い物は使えない。そんな常識を打ち破った「堅牢シリーズ」。漆器はたとえ壊れても、何度でも補修ができる利点も。
それに漆の色は時間の経過とともに成長もする。漆ならでは溜色(ためいろ)が、年月を取り込むほどに飴色を帯びていき味わいを増していく。その深みのある色をつくり出せるのは、ただ歳月だけである。
良い物をたいせつに使う。たいせつに使えば、物がこたえてくれる。地域の文化と誇りを小さな手でしっかり受け取めながら、河和田の子どもたちは育っていく。
*
土田さんは今日も、新しい発想と伝統技術の潮目の中で、世界へほとばしる潮流を見逃すまいと舵を握る。大学卒業後、情報流通の最先端で働いた渋谷での経験は無駄にはなっていない。帰郷後、いちから職人としての修行をした年月もそうだ。ビジネスマンと職人の両方の視点。
社内一貫生産のリスクを打ち消し、強みを生かすために土田さんが重視しているもの。それは、スピード感だという。
多品種少量生産という機械が苦手とするスキマを突けば、職人の手仕事の強みが生きてくる。しかし外注の職人では意思疎通に時間がかかり、新しい試みを貪欲に呑み込むグローバル展開のスピードに遅れをとる。社内一貫生産というチームプレーによって伝統技術と新しい価値を素早く結びつけ、その大きく速い潮流をつかまえようとしている。
そんな土田さんだが、根っこにあるのは父親から受け継いだ職人の熱い血。
「暇さえあれば塗ってます」
そういって笑う表情に曇りはなかった。
>土直漆器オンラインショップ(楽天ショップ)
越前漆器・製作工程(3)上塗り・加飾
中塗り一年、上塗り一生。
中塗りを経て、塗りの最終工程となる上塗りは全体の仕上がりをチェックする検品も兼ね、もっとも熟練を要する。
担当している佐々木大輔さんは若手のホープ。服飾の勉強をし、その業界から転職してきた努力の人。下地、中塗りを経て上塗り歴も5年を越える。
「時間が足りないって感じます。仕上げるスピードがまだまだ足りないです」
佐々木さんがめざすのは、季節や気候の変化によらず、つねに効率的かつ均質な仕事ができる職人だという。
佐々木さんの後ろに見える木戸は「回転風呂」
中を開けてもらいました。
縫った椀を吊り下げた棒が、軸を中心に7分かけて1回転。さらに7分かけて反対向きに1回転。業務用漆器として耐久性をもたせるためにかなり厚塗りをするので漆が垂れやすい。この回転風呂は漆の垂れを防ぎながら乾燥させるための設備。
土田直。一級技能士
別の部屋では会長の土田直さんも上塗りをしていた。土田直さんは一級技能士(刷毛塗り)の国家資格を持つ。
ここは土直漆器の品質を守る最後の砦。長男の直東さんといっしょに、社内一貫生産の態勢を築きあげてきた。土田さんは言う。
「うるしって水もんでしょう。混ぜちゃったら、分からないんですよ」
厚めの上塗りはより多くの漆を使う。外部に委託すると、高価な漆の使用量を減らそうと混ぜ物をされてしまう恐れがある。社内一貫生産にすることで、使用する漆の品質や調合をすべて自分で管理することができるのだ。
拭き上げに使っているのは、吉野紙の中にティッシュを1枚はさんだもの。
加飾(蒔絵・沈金)
上塗りが終わった漆器に飾り付けを行う工程が加飾。金粉や金箔、螺鈿などこの工程で扱われる素材は漆器の付加価値を飛躍的に高める。
これを行う蒔絵師はいわばデザイナーであり絵描きでありアーティスト。蒔絵師・大久保力男(おおくぼりきお)さんの作業場は、土直漆器の社屋でもいちばん奥にある広い部屋。ぴんと張りつめた空気が漂う。
金粉が、舞う。